部について

About

朝練のみ!

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朝練なので空き時間が作れる!

銀泳会は平日は朝練のみにしていることが一番の特徴です!朝練にすることで午後の時間が空き、その時間をバイトや勉強にあてられます。朝起きるのが苦手な人も、朝練があることで午後の時間が有効に使えています。さらに、部活は授業と被りません。自分の授業に合わせて早く部活を終えることもできます!




活動内容

Activity

10月から翌年9月までを1シーズンとして目標に向かって練習します。部員は2年生の秋から1年間、部の幹部を務めます。




Practice

銀泳会の平日の練習は朝練のみで、放課後はバイト・勉強・他サークル等に自由に使えます!週4回2時間弱の練習を行い、1限の授業がある人は早めに切り上げることができます。土曜日は同じく2時間弱の練習を、主に夜に行っています。練習場所は慶應義塾大学日吉キャンパス内の協生館プールなどを利用します。綺麗なプールなので快適に泳げます!練習メニューは担当の幹部が組んで練習を行います。銀泳会はさまざまな泳力レベルの人が在籍し、それに応じて練習メニューも作成しているので、初心者の方、ブランクのある方も安心してください!




Competiton

毎年約10回ほど対抗試合や記録会に出場します。主に理工系大学が出場する対抗試合や、毎年恒例慶應医学部水泳部との対抗戦、そして9月に行われる"泳光戦"における優勝を目標に練習に励んでいます。




Events

合宿は春と夏の年2回、水泳設備のある合宿施設に宿泊し練習に集中します。期間は共に約1週間です。その他、新入生歓迎の食事会はもちろん、大会の打ち上げ・忘年会・スキー旅行・追いコンなど楽しいイベントも盛り沢山です!




FAQ

Q:他サークルとの兼部はできますか?

A:朝練のみのため放課後の時間が自由に使えます。当然他サークルとの兼部やアルバイト・勉強も十分可能です。




Q:部活の規模はどれくらいですか?

A:銀泳会は現在、現役部員(1~3年生)は約40名で、そのうち女子は約15名程度所属しています。また頻繁に練習に顔を出していただいているOBの方も数名いらっしゃいます。 銀泳会は50年以上続く伝統のある部活です。




Q:理工学部じゃないんですが入部できますか?

A:他学部大歓迎です!現在も文学部・経済学部・法学部・商学部・薬学部の他学部生が多く所属しています。現在およそ半数の部員が文系学部生です。ただし、環境情報学部、総合政策学部、看護医療学部の人は、SFCキャンパスでの授業が中心となるため、通学の関係上あまりお勧めできません。




Q:家が学校から遠いのですが、朝練は大丈夫でしょうか?

A:学期中の練習はだいたい7:10集合で始めるので、場所によっては朝早くに家を出る必要があります。仕方のない場合、少し遅れて練習に参加することも可能です。現在、埼玉県や千葉県、東京都の西端から約2時間近くかけて通っている部員もいます。慣れてしまえば問題ないですし、規則正しい生活が送れるようになります。




Q:勉強が不安なんですが…

A:銀泳会は学生の本分を優先するため、練習によって授業に出られないなど学業に支障をきたすことは一切ありません。 学生生活について不安なことがあれば遠慮なく先輩部員に相談してください!過去問なども充実していますよ。




Q:公認試合に出場できますか?

A:2017年度出場予定の日本水泳連盟の公認試合は、東日本理工科系大学選手権のみです。この大会は理工学部の人のみしか参加できません。




Q:週5回の練習のうち2回だけのように、中途半端な参加はできますか?

A:練習回数を各自で設定して練習に参加するという参加方法は基本的には認めていません。ただし、資格試験の勉強や就職活動のため頻繁には練習に参加できないという場合は、幹部の許可の下このような参加が認められることがあります。また長期休暇中に帰省することや旅行をすることも可能です。




Q:練習はどれくらいキビシイですか?

A:水泳は個人競技なので、厳しさはその人の頑張り次第です。練習メニューは同じでも、タイム設定や強度の選択によって個人個人に合わせた練習をすることができます。 一人ではできないことも、皆で声を掛け合ってやればできるものです。頑張れば頑張るほどつらい練習になりますが、得られるものも大きいでしょう。無理なく、ケガなく、そして楽しく!




歴史

銀泳会の歴史

我が部は慶應義塾大学を1963年に卒業された初代主将・佐野和夫さんが創設された部です。彼は1年生の課程を終了し2年生になった頃、放課後に泳ぎたいと思い始めました。その頃慶應義塾大学工学部は小金井にキャンパスを構えており、サッカー部やラグビー部はあるものの水泳部はありませんでした。当然そこにプールもありません。慶應義塾高等学校時代に体育会水球部門に所属していた佐野さんは何とかして水泳部を作ろうと思い、8人の部員を集めました。佐野さんがリーダーシップを自らとり、部創立当時からかなりきつい練習を開始していたそうです。

体育会への加盟は、上谷さんが尽力をつくし創部2年目にして大学に活動が認められ加盟が承認されるという異例の速さでした。このことからも当時の部員の水泳への情熱が感じられます。

練習をするためのプール探しはとても大変だったそうです。学校の近くを探しまわり、3,4箇所のプールを試泳し学校からの距離・環境・条件面などで中川園のプールに決まりました。そこは民間の25m×6コースプールでしたが、そこの管理人さんはとてもよく面倒をみてくださったそうです。

部費の貧しい佐野さんたちは、日曜日や夏休みの一般公開の時期にプールの監視員をする代わりに、練習時間のプール使用料はタダ同然にしていただいたのです。合宿などもこのプールで行い、とてもお世話になったそうです。このおつき合いは工学部が矢上に移転するまで後輩たちに継がれていきました。

初めての対外試合は東京理科大学との対抗戦でした。初戦での大敗は避けたかったということで、実力的に同レベルの大学を探されたそうです。会場は小金井の東京学芸大学のプールを借り、燃戦ののち見事初勝利をものにしました。これ以後理科大との対抗戦は毎年つづき、友好チームとなりました。

初めての合宿は静岡で行われました。佐野さんと上谷さんが車で箱根を越えて下見と打ち合わせに行き、静岡高校の古いプールでしたが借用許可が下り、楽しく合宿も終えたそうです。合宿は厳しいなかでも楽しさにあふれ、数々のエピソードが生まれました。




名前の由来

第1期生の卒業が間近になった頃、水泳部のOB会も誕生してくるのでニックネームをつけようということになりました。そこで、慶應工学部の創立者藤原銀次郎翁の1字を頂いて「銀泳会」としたらどうかと佐野さんが提案したところ、全員異論なく賛成を示し、その場で決定したそうです。

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